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コラム広告日和

(Mon Apr 06 10:00:00 JST 2015/2015年4・5月号 広告日和)

4月になると思うこと
澤本嘉光 電通 CDC エグゼクティブ・クリエーティブディレクター/CMプランナー

  春になり新社会人が会社にキラキラする時期なので、すごく適当ですが少し思う事を書いておこうと。バラバラにですが。
  みんな、この時期物理的にキラキラ光ってますよね。で、このキラキラには人を魅きつける不思議な力がある。しかし、このキラキラはどうして1年後にはキラキラしなくなるんでしょうね。買ったばかりのスーツの光沢が無くなるかのように。何かが失われるか、何か余計なものを獲得してしまうか。それが何かは、みんな本当は気づいていながら気がつかないふりして生きていくんだと思います。このキラキラの成分って一体何だろう?と考えながら暮らすだけで少しキラキラが長持ちするんじゃないかなあと。けっこう長くキラキラしてる人もいますし。でもそれは、「何も出来ませんけど許してくださいオーラ」ではないんです。漠然とした話ですが。

  ある会社で、新入社員に会社宛に書類を郵便で送らせたらかなりの人が封筒に住所を書かないで投函した、という話を聞きました。
  人生で一度も手紙を書いた事が無い、ということらしいんですが。今までの人生、文章を送るのは全部メールだったからと。「郵便とか必要なんですかね」と言う意見もあったと聞きました。そういう時代なんだ、と言う事も出来ますが、でも、手紙を書けた方がトクだと思います。損得でいうと。
  これに限った訳ではなく、最新の手段を一個知ってるだけじゃなくて、もう一つ別の手段を知っているとずいぶんと取る行動に幅が出来る。その手段選択で相手の気分をかなり変える事が出来ます。
  「文章」を送る、でいえば、「届きました」という結果だけならメールでいいけど、「手紙で届きました」となるとそこに感情が入ってくる。直筆だともっと。だから、要る・要らないよりも、手段を増やすという意味でも、最新のものだけでなく歴史的な手段も知っておくべきだと。ホント、損得勘定でいいと思います。
  一応メディアのコラムだからこじつけると、広告ってものもそうだと。先ほどの「文章」という単語を「伝えるべき情報」に置き換えてみると、「相手に届けるという結果だけではなく何か一緒に感情も伝えるなら…」と言い換えられるかなあと。メディアを古いものも新しいものもその利用価値をよく知って使い分けていけば、情報が届いた時に受け手に引き起こす事が出来る感情に大きな差が出る。そこまで理屈っぽく書かなくても。なんか得だなあと。
  僕は「情報を伝えるときにはそこに感情も乗せて伝えたい、そこが広告のいい所だよな」と夢みたいな事をずっと思っているだけなので、それには、いろいろ手段を持ってた方がいいんじゃないかなと。別に感情はいらない、効率でいい、と言う人もいると思うので、その人を否定する気も無いですし。人は人です。でも何より、僕は僕です。だからCMとか動画とか作って何かそれで受け手にいろんな事を感じてもらえればな、とか、その日の見た人の幸せの総量が1%でも上がればいいなと思ってます。手紙みたいなもんですね。古いって言われちゃそれまでなんだけど、僕はそれが好きだってだけです。結局好きか嫌いかだけなんで。
  ちょっと、伝え方って大事なんじゃないかなと書いてみました。封筒の話だったんですけどね。

  勝手な事を書くついでにむちゃくちゃ書けば、すべての才能を大事にしてほしいなとも。
  才能には「能力としての才能」以外にもいろいろあると思うんです。かわいいって才能です。カッコいい、も。そう言われているってことは人に羨(うらや)ましがられていることだし。生まれながらに。本当はそう自覚して生きて来ているし、それでトクもして来てる。同じように、運がいい、も、人に好かれる、風邪ひいてもすぐ治る、も、いつも笑ってる、も、声がいい、も、生まれもって特に何もしてないのに獲得してるものってある種「才能」なんじゃないかなと。そう思って探すと、みんな何か才能って持ってるんじゃないかと。言い過ぎかもですが、お父さんが偉い、も、人と違った面はみんな一種の天がくれた才能だと思うんです。なので、それはそれで大事にしてほしいなと。それでいい仕事が出来れば最高ですし、意外と武器にもなると思います。
  問題は、何もしないで持って生まれたそうした才能は、勘違いを生みやすい事です。それと、意外と不安定で、旬や盛りがあったり、保護しないといつの間にか消えたりすることです。それも簡単に。油断したりおごってそれを失っている人はたくさんいます。カッコいいと思ってた人の顔がいつの間にか魅力が無くなってたり。風邪ひかない人が風邪ひいたり。
  で、それを保護できるのは自分しかいない。その人のそうあり続けたいと言う気持ちと努力しか無いと思います。自分がかわいくないと思えたらそれは何か気がつかないうちに潜んだ理由があると思うので反省してみる、とか、運がいい人が悪くなったりすれば何か原因がある訳でそれを修正するとか。
  「才能」は、心の影響を如実に表すと思うので。それに気づくくらい自分を客観視してほしいということなのかもしれません。うぬぼれないって難しいですが、せっかく人に無いものを持っているなら、失ってほしくないなと思います。
  うまく書けてないですが。今回は相当ばらんばらんですみません! 大雑把(おおざっぱ)にいえば、頑張ってください。

〔筆者プロフィル〕

1966年、長崎市生まれ。1990年、東京大学文学部国文科卒業、電通に入社。ソフトバンクモバイル「ホワイト家族」、東京ガス「ガス・パッ・チョ!」、中央酪農会議「牛乳に相談だ」、家庭教師のトライ「ハイジ」、トヨタ自動車「ドラえもん」、読売新聞など、次々と話題のテレビCMを制作している。著書に小説「おとうさんは同級生」、小説「犬と私の10の約束」(ペンネーム=サイトウアカリ)。前者は読売新聞会員制サービスyorimoの連載を単行本化。後者の映画脚本も執筆。2014年1月に公開された映画「ジャッジ!」の脚本も担当。クリエイター・オブ・ザ・イヤー(2000年、06年、08年)、カンヌ国際広告祭賞、ADFEST(アジア太平洋広告祭)グランプリ、クリオ賞、TCC賞グランプリ、ACCグランプリなど、受賞多数。数多くの海外の広告賞の審査員も歴任。