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コラム広告日和

(Fri Jun 05 10:00:00 JST 2015/2015年6・7月号 広告日和)

人生がときめく企画の魔法
澤本嘉光 電通 CDC エグゼクティブ・クリエーティブディレクター/CMプランナー

  こんまり(近藤麻理恵)さんが米TIME誌の「影響力のある100人」に選ばれたそうです。あの片付けのプロで「人生がときめく片づけの魔法」の著者の。人生に大事なことは「捨てる」力。いくら収納を増やしても捨てることができなければ部屋はきれいにならない、と説いているあの方です。
  自慢じゃないですが、僕は片付けが苦手。まあモノが捨てられない。いつかこれ使うかも知れない、と思ってとっておく。実家の納戸には中学や高校の時のノートとか信じられないくらいに低得点の数学の答案などが段ボールに詰めて取ってあるし、スポーツ新聞も「桑田巨人入り」とか「松坂決勝でノーヒットノーラン」とか何年前のだというものをどっさり保管してあります。保管、という名の置き去りですが。まったく意味がないのは、1980年3月ダイヤ改正の時刻表とか、20年くらい前の住宅情報とか。
  たまにいい事はあるんです、「こんなのとっておいたんですか!」とびっくりされたり。でも「こんなの」には敬意はなく呆れてる感じのみ。人生の役に立ってるかと言えば立ってはいないです。
  そのこんまりさんの片付け術で、「『ときめくかときめかないか』で取捨選択をする、というのが重要だ」と言う一節があるんですけど、これ聞いて思ったんです、聞き覚えがあるぞと。これ、物理的なお部屋の片付けだけじゃなくて、自分が広告、CMの企画の時に人に対して言ってる事と同じじゃないかなあ。と。「基準は『やりたい事って何なんだ?』ってこと。ドキドキするかの順、やりたいと思う順に企画に残して行こう」と言ってるなーと。「とにかく詰め込まずに切り捨てよう」とか「2個面白いと思った事があったら、両方残そうとすると面白くなくなるから1個に絞って片方捨てよう」とか。シンプルに、とにかく余分なもの削ってーとか。うん、似てる。これ、こんまりさんの言ってる「お片づけの術」をそのまんま「企画」にコピペすれば、「人生がときめく企画の魔法」として本書いてても、そこそこまっとうなこと言ってるように見えるんじゃないかなあと。

  で、置き換えてみました。こんまりさんが言ってる事の「片付け」という言葉を「企画」に。  
  「企画に重要なのは、それが自分にとってときめくかどうか、重要かどうか」「人生を企画に追われない。さっさと企画終わらせてください」……その通りです、こんまり先生! クリエイティブコンサルタントと言っていいくらい。
  本の紹介の言葉だってお借りすれば、「何故か企画しても企画してもまたすぐに散らかってしまう、そんなあなたに伝えたい事があります。本当は誰だって完璧に企画する事が出来るんです。ただ企画の仕方を知らないだけ。たとえば、毎日少しずつ企画しようとしていたり。企画は祭りです。毎日やるようなもんではありません。一気に、短期に、完璧に」 いやあそうなんですよねホントに。すごいぞこんまりさん。企画もまさに整理整頓なんですよね。
  特に共感するのは、「必要か、必要でないか」という判断基準でなくて「ときめくか、ときめかないか」という、本人の気持ちがベースになる部分で判断して取捨選択をする、という所です。結局、企画している時は、ただただ正しい事を求めていても、いいモノ、人を喜ばせられるモノが出来て行く気はまったくしないんですが、基準が「自分がときめくかどうか」という事、つまり自分の直感になると、できるモノは少なくとも自分はときめくものなので、意外と一緒に共感してときめいてくれる人が多いモノになっているのだと思います。自分すらときめかないモノに他人が計算通りときめいてくれるはずがないですから。

  これ、最近、なんだか理屈で正しいことを求めすぎて頭でっかちになっていた自分は大反省です。そう、好き嫌いなんですよね。  
  僕だけでなくて、そういう「正しさの追求」のプレゼンをしていることが最近多い気がしています。正しくて、つまらない。だから正しくても残らない。多少正確性は欠けても、気持ちが乗った企画の方が人にはきっと伝わって行くものです。そこに人間性が出るから。
  この先、僕の企画がなんかちがった方向に行ってるなと思われたらそれはこんまりさんのせいです。でも、それ、ときめく魔法で出来てる企画なので、見てくれているみんなもときめくんじゃないかなと思います。
  「世間的な正解より、自分の中の正解を探そう」。人に言ってる事を、改めて自分で認識し直しました。
  なんだか、この世のすべてについて最重要なのは整理と言っても過言ではない気がします。全部を上手くやれるほど優れた人間ではないからなあ。すべき事にしろ、人付き合いにしろ、自分が必要とされているか、に、足して「ときめくか」というこの漠とした直感が入る事で、正しい選択が出来る気がします。今、この段階でときめくか。そこにはノスタルジーは介在せず。それこそときめきほど移りゆくものはないので。そこが基準というのが人間的ですばらしい。理屈のようで感覚で実は取捨選択している所に魅かれるんだろうな。
  この整理法、企画のみならずいろいろなモノをそういう目で見て行くと、自分の迷いって吹っ切れて行く気がします。でも気をつけないと、僕が整理されてしまうかも知れないですけど。そういう意味では、整理されないような人になるというのもひとつの目標になるのかも知れないですね。極めて感覚的ですが。

〔筆者プロフィル〕

1966年、長崎市生まれ。1990年、東京大学文学部国文科卒業、電通に入社。ソフトバンクモバイル「ホワイト家族」、東京ガス「ガス・パッ・チョ!」、中央酪農会議「牛乳に相談だ」、家庭教師のトライ「ハイジ」、トヨタ自動車「ドラえもん」、読売新聞など、次々と話題のテレビCMを制作している。著書に小説「おとうさんは同級生」、小説「犬と私の10の約束」(ペンネーム=サイトウアカリ)。前者は読売新聞会員制サービスyorimoの連載を単行本化。後者の映画脚本も執筆。2014年1月に公開された映画「ジャッジ!」の脚本も担当。クリエイター・オブ・ザ・イヤー(2000年、06年、08年)、カンヌ国際広告祭賞、ADFEST(アジア太平洋広告祭)グランプリ、クリオ賞、TCC賞グランプリ、ACCグランプリなど、受賞多数。数多くの海外の広告賞の審査員も歴任。