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コラム広告日和

(Wed Aug 05 10:00:00 JST 2015/2015年8・9月号 広告日和)

スッカラカンな温度調節論
澤本嘉光 電通 CDC エグゼクティブ・クリエーティブディレクター/CMプランナー

  暑い。今年の夏は暑い。と、毎年言ってる気がする。毎年言ってる気がする、ということを毎年言ってる気もしますが。「あつはなついねえ」なんて毎年言ってる気も。それはしないですよね、ベタすぎて。でも、振り返ってみると一般には「冷夏」だったりする訳です、もしかしたらこの夏も。今日の暑さで今年が冷夏だと思う人はいないんだろうけど。まあ、このように、自分の置かれている状況を客観視するのってすごく難しいです。自分のいまの環境や感情に引っ張られてしまうので。
  温度についての客観視が難しい、のは、CMや映画などの映像も一緒です。「CMの温度って、なに小難しそうなこと言ってんだ、小難しい事並べて頭良さそうに話す人ほど実は中味スッカラカンじゃないか!」なんて思われそうですが、いや、けっこうスッカラカンな場合がある気もしますのでまあ疑いながら読んでください。

  僕は講演なんかで「一番気をつけている事って何ですか? CM作ってる時に」という質問に「自分が関わっている仕事や気に入ってる仕事だとつい視野が狭くなって今の自分の気持ちに引っ張られてしまうけど、大事にしているのはいかにその作品を客観視できるか、ということです」なんて答えます。つまり、個人的な思いを少し抑えてでも、一般にはどう見えるのか、を、俯瞰(ふかん)して、極力冷静に見てみる。そして、もし、そのCMにもう少し温度が足りないな、と思ったら、多少「暑く」したり、温度が高すぎるなと思ったら多少「低く」したりしています。
  僕ら作り手は「温度が低い」ものを、カッコいい!!、と思う癖があります。「ら」と言って巻き込むのはズルいですね、僕は、です。それは、「クール」って言葉どおりに、「冷めてて」カッコいいもの。あまり大声で話さなかったり、テンションも低め、大げさな表現をしない。
  対して「温度が高い」というのは、暑苦しい、というか、大げさな言い回し、アクション。これ日常はしないだろ、というような誇張。「ベタ」な表現もその一つです。
  この温度調整は実はすごく苦労します。ここに一番客観性が必要なんじゃないかなと。正直言えば、あまり大げさな事しなくてもわかってほしい訳です。カッコいいままで。でも、自分として「いい」と思う温度感のものって、概して低温注意報だったり。おいおい、こんな事までするのかよ、っていう表現や温度のものの方が広く早く伝わったりするんです。ショック受けた時に「ガーン」って効果音をつける、みたいな。ベタ、って、なんだか恥ずかしいもののように思ってしまいがちですが、でも、あえて「ベタ」なものに少ししておいた方が世の中の人は受け入れてくれやすかったりする。大してカッコ良くもないヤツがカッコつけてるのほど端から見てると痛々しいものは無い、ってのに近いのかも知れない。
  例えばソフトバンクの犬のお父さんとかは、たまに映像クオリティーを上げて映像的にもクールでスカしたものをやってみるんですけれど、で、それ、自分で今回はいいなあと思ったりするんですが、まわりからすると、「何頑張っちゃってるの?」って感想だったりして。それよりはいつもどおりのたわいないやり取りでお父さんギャフン!みたいな方が好まれたりする訳ですね。「ガーン」って音つけて。
  世の中と折り合いを付ける温度をいつも探していて、撮影した映像を編集する時に温度上げ下げするし、つける音楽でも温度調節したりするんです。だからその結果、これって「あつはなついねえ」レベルにベタで恥ずかしい事を表現に入れたりして。でもその方が俗にいうヒットしたり。みんな安心して喜んでくれたり。「いやまあ、これやり過ぎでしょ、わかりやす過ぎでしょ、僕的には」なんて事の方が良かったり。いまだによくわからない中でもがいている訳です。

  なので、僕が聞かれて一番困る質問は「どのCMが今までで一番好きですか」という質問で、思い返すとなんかそういうイヤラシい温度調整をして迎合しに行った記憶がフラッシュバックするので、黙ったりしてしまいます。でも、広告はいま、この時代に伝わらなければ役割を果たさないもの、時代と一緒にあるべきものだ、なんて思ってそうしています。
  という話を他のモノづくりをしている人にすると、だいたい「わかる〜!」と言ってくれたりするのでつい安心してしまうんですね。ただ、たまにまともな人がいて「僕は自分が好きなものを信じて変えません」なんて言われると、カッコいい!!、と思っちゃう訳です。俺のやろうとしていたのはそういう事じゃないか、広告で世の中引っ張って行くんだっただろって。で、ふとほっぺたひっぱたかれた気になってまた自分の事を信じ過ぎて、客観視を忘れて反省、なんて事を繰り返しています。難しいです。
  まあこうやって悩んでいるうちに出来ているCMや映像が、僕のトーンとかになっているんだなと。それでいうとやはり自分の色っていうのは、良くも悪くも出来てくるんだなあ、とも。このぐらぐらの温度調整の結果として。
  今年の夏は暑いからそんな事思ってしまいました。実は冷夏かも知れないけど。

〔筆者プロフィル〕

1966年、長崎市生まれ。1990年、東京大学文学部国文科卒業、電通に入社。ソフトバンクモバイル「ホワイト家族」、東京ガス「ガス・パッ・チョ!」、中央酪農会議「牛乳に相談だ」、家庭教師のトライ「ハイジ」、トヨタ自動車「ドラえもん」、読売新聞など、次々と話題のテレビCMを制作している。著書に小説「おとうさんは同級生」、小説「犬と私の10の約束」(ペンネーム=サイトウアカリ)。前者は読売新聞会員制サービスyorimoの連載を単行本化。後者の映画脚本も執筆。2014年1月に公開された映画「ジャッジ!」の脚本も担当。クリエイター・オブ・ザ・イヤー(2000年、06年、08年)、カンヌ国際広告祭賞、ADFEST(アジア太平洋広告祭)グランプリ、クリオ賞、TCC賞グランプリ、ACCグランプリなど、受賞多数。数多くの海外の広告賞の審査員も歴任。