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コラム広告日和

(Mon Oct 05 10:00:00 JST 2015/2015年10・11月号 広告日和)

「カッコつける」のは悪くない。
澤本嘉光 電通 CDC エグゼクティブ・クリエーティブディレクター/CMプランナー

  カッコつけるってのは悪い事じゃないと思います。いきなり何言い出すんだって感じですが、ファッションの話じゃないです。仕事の話です。

  講演会や講義を頼まれる事があります。大体が「何月何日空いてますか? じゃあそこで一発講義お願いします。よろしく」って感じの依頼なんですが、「何を話せばいいんですか?」と聞くと、きちんと主題について話してくれる人もいる事はいますが、多くは「話したい事をしゃべってくださればいいです」という、僕ら課題を与えられてそれを解決する事に慣れている広告制作者としては一番嫌いな、そして苦手な「好きなことしろ」という難題だったりします。
  そういう時に、どうして僕は「わかりました、じゃあ適当にしゃべっときます」って言うんだろうなあ、と毎回思うんですよね。文字通り「適当にしゃべる」なんてことできるはずない訳です、性格上。なのにそこは余計な余裕見せて「適当にしゃべってきますね〜」なんて言ったりしてる。ここでまずカッコつけてます。言っちゃってからすぐに慌ててしゃべる事の整理とか始める訳です。
  まあ無駄ですね、このカッコつけ。「一生懸命しゃべらせて頂きます!」って言えばいいのに。その方が本当はカッコいい。でも出来ないんですよねえ。
  聞きにくる人がどのくらいの年齢の方々で、どれくらい広告に知識があって……などなど考えて、話す内容を組み立てていきます。全然適当じゃないですね。「適切」の方が近いです。でも、「適当に」とカッコつけちゃったから、それがあたかも適当に話せているくらいの余裕がもてるように熟考したりして。そう、きっかけはその刹那にカッコつけたいというバカげた一瞬の邪念なんです。
  話す内容を考える時は、普段それとなくやっている事をまるでロジックでやってるように整理します。自分の企画とか行動に意味付けしていくといいますか。これ、実はすごく自分のためになるんです。普段、感覚でやっている気になってる事は実はこういう思考回路を経て行われてるんだ、と、後付けですが説明できたりします。ひらめいた!とか、天から降りて来た!なんて思っているアイデアも実はこういう思考経路を経て思いついたんだと説明できたり。特にそれがいい案である時には。そして、その整理を一回しておくと、その思考方法は論理として身に付くので、他の課題の時に再利用しやすいのです。講演が強制的なきっかけになってそれをする訳ですが。
  なので、僕はなるべく人に話す事はお受けするようにしています。これ、絶対自分のためだなと思うので。しゃべる、人に説明する、っていうのはさらに物事を整理できるので、自分のためになる以外の何ものでもありません。

  それでまた、講演してる時にはさらにカッコつけていいこと言おうとする訳です。自分でも「あ、いま僕いいこと言ってる」と思うくらい。
  でも、直後に猛烈に襲ってくるのが「今言った事、最近僕やってないや」という反省です。ついさっき言った事はとても正しいと思う。でも、それを人に言いながら自分はやれてないじゃないか、と。健康のために一日一万歩歩くといいよ、と言いながら自分は二千歩くらいしか歩いてない状態です。
  最近のカッコつけた例としては、CMとか映像はその写し出される場所、デバイスによって本当は内容から考えるべきで、同じCMを流す場合でも少なくとも編集を変えるべきじゃないか、場所によって最適な編集がある、という話をして、トレインチャンネルは電車の中で身動きできない人が字幕を追うからあまりカットが多かったりひとつのカットが短かったりしない方が見やすい、CMに流したものに字幕をまんま入れるよりそれ用の編集を少し施すとかした方がいい、と話して、話しているうちに、「今初めて話したけどその通りだぞ俺!」なんていい気になったんですが、直後に「昨日、CMにトレインチャンネルの字幕入れたけどそんな事しなかったな……」と反省が襲ってきたり。つまり自分で自分の批判をしている状況によくなります。
  自分が見る側として思うと、動画は本当に見る画面の大きさとか、見る環境とかによって適切なものがそれぞれにあって、予算と時間があればそれに細かく対応していけばさらに広告として効くものにできると思うんですが、そう言ってる自分がいろいろ言い訳して「全部対応は出来ないな」と思っている訳です。でも、カッコつけちゃったことによりそれを再認識させられて、それも大勢の前で偉そうに言ってしまっているもんですから、そのあとの仕事はかなりデバイスや場所によって少しでも適応するものにしようとやってみています。
  とまあ、カッコつけちゃったが故に、あとからそれを本当にカッコ良くするためにする努力によって僕はなんとか進歩してる気がして、そう考えるとカッコつけるってのは悪い事じゃないなと思っている訳です。そのうちカッコつける事さえめんどくさくて出来なくなるのが一番怖いです、今。
  お気づきの方もいらっしゃると思いますが、今この文でもカッコつけてますけど。

〔筆者プロフィル〕

1966年、長崎市生まれ。1990年、東京大学文学部国文科卒業、電通に入社。ソフトバンクモバイル「ホワイト家族」、東京ガス「ガス・パッ・チョ!」、中央酪農会議「牛乳に相談だ」、家庭教師のトライ「ハイジ」、トヨタ自動車「ドラえもん」、読売新聞など、次々と話題のテレビCMを制作している。著書に小説「おとうさんは同級生」、小説「犬と私の10の約束」(ペンネーム=サイトウアカリ)。前者は読売新聞会員制サービスyorimoの連載を単行本化。後者の映画脚本も執筆。2014年1月に公開された映画「ジャッジ!」の脚本も担当。クリエイター・オブ・ザ・イヤー(2000年、06年、08年)、カンヌ国際広告祭賞、ADFEST(アジア太平洋広告祭)グランプリ、クリオ賞、TCC賞グランプリ、ACCグランプリなど、受賞多数。数多くの海外の広告賞の審査員も歴任。