adv.yomiuriトップページへ

ojoトップ  > コラム  > 広告日和  > 犬に教えられたこと。

コラム広告日和

(Mon Dec 07 10:00:00 JST 2015/2015年12月・2016年1月号 広告日和)

犬に教えられたこと。
澤本嘉光 電通 CDC エグゼクティブ・クリエーティブディレクター/CMプランナー

  考えたら、犬にこの2か月会っていない。僕が会話の中で「犬」と言う時は特別な犬を指している事が多い。カイトくん。ソフトバンクの今の例の白い犬である。「お父さん犬」とも呼ばれている。もちろん人の言葉はしゃべらないけれど、代わりに会うたびに顔中をべろんべろんに舐(な)めてくれる。おかげでしばらく顔が唾液の渇いた匂いになるけれど、あれ、嫌いじゃない。
  あらかじめ疑問に答えておくと、「お父さん」は、元々はカイくんが演じてくれていた。カイトくんの父親だ。時々、新井薫子のように(古いな)「死んだ」説が流れていたけれど、デマ、デマ。カイくんはまだ元気。元気とはいえもうソフトバンクのCMは始まってから9年。犬にしたら青年から役者を始めてもう老人! なかなか走ったり徹夜とか出来る体ではない。引退した、というのは正確ではないが、大きくは活動的な場面はカイトくんが立派に演じてくれている。面白いのは、カイくんは息子のカイトが自分の横を通ってカメラ前に行こうとするとやたら怒ってワンワン吠える。犬でもやはり一度スターになると自分の地位を脅かす存在については警戒心、敵対心を持つらしい。それが親子でも敵は敵。まるで戦国大名のようだ。
  そのカイくん、カイトくんと続いている「白い犬」にこれだけ長い間会わなかったのは、ソフトバンクが白戸家のCMを始めてからこのかたずっと無かった。会わなかった、つまりはその2か月白戸家のCMを撮影しなかったということ。普段は、月に多ければ3回会っていたので。それだけの本数の「白い犬のCM」を絶え間なく撮影して来たということになる。おかげで僕は「白い犬のお父さんのおじさん」になって、犬なんだか人なんだかわからないような扱いだが、あの犬たちのおかげで映画も小説もラジオ番組も出来たようなものなので、犬に感謝しつつ暮らさないといけない。ありがとう、犬。そのソフトバンクで、僕に犬の企画を考えないでいる時間がぽっかりと出来たという状況だ。

  今回の論点はここ、考えないでいる時間。正直、次から次へとワンコそば状態で(特に犬との洒落〈しゃれ〉ではない)企画を考えている、いや、考えさせられている時にはとにかく目の前の課題を解決して次に進む事ばかりを考えていたのだろう。つまり、「いいものを作ろうという欲よりも今なんとか乗り切ろうという欲、というか生存本能が強かったんだなあ」と、このポッカリ空いた「時間」のおかげで気がつく事が今頃やっと出来ている。正確に言うと、気づいてはいたけれど自覚するのが怖くて目をつぶっていた事を明確に自覚したということなのだろう。
  常日頃、講演や授業で「企画する時に一番大事にしている事は?」という質問に「客観を取る事です」と話しているくせに、客観をまるで取らずに走って来たようだ。今回、この2か月という「時間」がもらえたおかげで物理的に距離と時間をおいて白戸家というものをほぼ視聴者目線で見てみると、正直もうやること無いんじゃないかと思ってしまうこともあったのに、まだまだこれが出来るんじゃないか、と思いついたり、なんでこういうのをやらないんだろう?と具体的に思ったりした訳だ。たぶん、そこには「諸事情」とかを考える頭が無いので素直に見られているからなんだろうなと。「もう長い間やりすぎて新鮮じゃないな、なんか変わった事したいな」と思っていた事も「いや待てよ、10年続くCM、ってこの先たぶん自分じゃ作れないし、誰かが作ろうとしても10年はかかる訳だから、それ自体がすごく新しいと思って考えると他の人が出来ない事が出来るんだな」と考えられたり。
  目の前の急な仕事をなんとかこなすモードの時には気がつかなかったような刺激的な発見を次々とする事が出来たと思っている。そういう意味では、この、ブレイクに近い期間をもらえた事はすごく自分のため、というより企画のためになったのではないかと。

  よく、「立ち止まって考える事の大事さ」を言う人がいると、「立ち止まると動けなくなる」という事を理由に否定しようとしがちだけれど、立ち止まるという表現は象徴的な表現であって、実際には自分をきちんともう一人の自分から客観的に見て批評と評価をすることが大事なんだろう。これは、CM企画だけではなくおそらくすべての自分を見失いがちな事象に当てはめる事が出来るのだろうなと。恋愛であれ、仕事であれ、人生そのものであれ。その止まっている時間は意識さえしていればきっと無駄にならないのだろう。進むために休む、というか。いいこと言おうと思えばいろいろいい言葉が作れそうな経験だ。
  そして、休むと動きたくなる。CMでいうと企画したくなる。いつもなら「うわ、まただ、ちょっと待ってよ」なんて思いそうな場面でも、「これ考えられるって幸せじゃないか」なんて思ったりして。気持ちが前向きになっている。気持ちは必ず表現に出ると思うたちなので、次に白戸家が出てくる時は休養前よりは恐らく勢いがあると思う。
  これ、白戸家に例をとって書いたけれど、すべてに当てはまる気がしている。
  またカイトくんにべろんべろんに舐められる事を考えながら書いているが、その前に犬が変なもの舐めてるのを見ると、正直ちょっとだけイヤだなと思っちゃうのはまあ仕方ないですよね。それ舐めた直後に顔舐めるのかよ……と。変なモノの名前はここには書けません。変なモノだから。

〔筆者プロフィル〕

1966年、長崎市生まれ。1990年、東京大学文学部国文科卒業、電通に入社。ソフトバンクモバイル「ホワイト家族」、東京ガス「ガス・パッ・チョ!」、中央酪農会議「牛乳に相談だ」、家庭教師のトライ「ハイジ」、トヨタ自動車「ドラえもん」、読売新聞など、次々と話題のテレビCMを制作している。著書に小説「おとうさんは同級生」、小説「犬と私の10の約束」(ペンネーム=サイトウアカリ)。前者は読売新聞会員制サービスyorimoの連載を単行本化。後者の映画脚本も執筆。2014年1月に公開された映画「ジャッジ!」の脚本も担当。クリエイター・オブ・ザ・イヤー(2000年、06年、08年)、カンヌ国際広告祭賞、ADFEST(アジア太平洋広告祭)グランプリ、クリオ賞、TCC賞グランプリ、ACCグランプリなど、受賞多数。数多くの海外の広告賞の審査員も歴任。