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インタビュー企画の仕掛け人

(Fri Sep 21 12:01:00 JST 2012/2012年10月・11月号 Creativeが生まれる場所)

佐々木宏、谷山雅計、箭内道彦が語る「新聞広告を元気にする方法」(前編) —「読売広告大賞」が変わる—
  クリエイティブディレクター   佐々木 宏氏   コピーライター   谷山雅計氏   クリエイティブディレクター   箭内道彦氏

谷山氏、佐々木氏、箭内氏

左から谷山氏、佐々木氏、箭内氏

「広告賞を新聞広告を元気にするきっかけに、という強い意思を持って選考にあたりたい」と語るのは、第29回読売広告大賞から選考委員長に就任した佐々木宏氏。特に佐々木氏から提案があったのは、オリジナル作品を募集する「読者が創る広告の部」の刷新だった。選考委員長の佐々木氏と、選考委員の谷山雅計、箭内道彦、両氏にも加わっていただき、今後の広告賞のあり方、選考のあり方を含め、本音で話し合ってもらった。

<第29回読売広告大賞「読者が創る広告の部」概要はこちら>
※作品の募集開始は10月20日(土)からの予定。

──「読売広告大賞」はどう変わるか。まず、その点からお聞きしたいのですが。

佐々木   最初に、僕が10月から募集の始まる第29回の読売広告大賞の選考委員長を引き受けたいきさつから話したいと思います。これまでの新聞社主催広告賞の公募部門、読売広告大賞で言えば「読者が創る広告の部」ですが、そういう広告賞に僕はずっと疑問を持っていたんです。どれも写真やイラストを使った見開き2ページ(全30段)、それも3回シリーズというような現実にはめったにお目にかかれない広告展開がグランプリなど上位の賞に選ばれる傾向があった。広告賞というのは、どうしても見栄え中心で、広告としてのアイデアがない、前年のグランプリ受賞作品をお手本にしたようなものばかりになりがちです。僕もクリエイターに成り立ての頃、新聞社の広告賞に応募したことがあるのですが、最初の応募で僕は落選、当時一緒に仕事をしていたデザイナーがグランプリを受賞するという屈辱を味わっているんです(笑)。それ以来の疑問なんです。

谷山   それで、佐々木さんは昔から公募の広告賞を嫌っているんですね(笑)。以前から、批判的でしたよね。

佐々木氏

佐々木   でも、そういう自分が選考委員長に指名されたというのは、何か期待されているものがあるんだろうなと思ったんです。正直言えば、最近の新聞広告は厳しい局面に立たされていると思います。それを変えていくためには旧態依然とした広告賞から変えていく必要があるし、それにはやはり選考委員が広告を選ぶ目を変えたり、受賞作の発表の仕方を変える必要があると考えました。広告賞の方針を変えたからといって急に新聞広告を取り巻く環境が変わるわけではないだろうけど、少なくとも新聞広告が元気になるきっかけにはなる。そのお役に立てるのならばということでお引き受けしたんです。
  その際、「読者が創る広告の部」への具体的な提案を二つさせてもらいました。一つは、応募を新聞1ページ、全15段まで(シリーズ広告可)にすることです。別に見開き30段の広告が悪いと言っているんじゃなくて、グラフィックの優劣や迫力だけで選ぶことを避けるための制約です。その代わり、グランプリを受賞した作品は、読売新聞の夕刊に実際に掲載する。これは、応募の大きなモチベーションになると思います。
  もう一つは、これまでの広告にないような、こんなことができるなら新聞広告が面白くなるね、という提案のある作品を積極的に評価することです。もちろん写真やイラストがすばらしい広告があってもいいけれど、従来の新聞広告の枠を超えるような作品を期待しています。こんなのできるわけないみたいな広告が出てきてほしい。これまでの広告賞というのは若手クリエイターの登竜門のようになっていましたが、今回はそれだけではなくて、例えば50歳のベテランクリエイターからの応募や、逆に高校生が応募して賞を狙うチャンスがあっていいと考えています。
  この二つを目標に、今ちょっと元気のない新聞広告を元気にするという強い意思を持って、選考にあたりたいと思うんですね。

谷山   応募を全15段までにするというのは僕も考えていて、佐々木さんも同じことを考えていたんだとびっくりしました。全30段だとどうしてもみんな作ってくるものがポスター的になる。全15段にすると新聞広告という気持ちがより強まると思うんです。

──「読者が創る広告の部」では、「新聞ならではの広告」ということが評価基準になるということですか。

谷山氏

谷山   どうだろう。今新聞広告に元気がなくなってきたから、「新聞ならではの価値」とか「新聞ならではの広告」という話が出てくるのかもしれないですが、正直僕自身はそんなふうに考えたことがなかったですね。コピーライターになって28年になるんですが、仕事を始めたときはキャンペーンの真ん中に新聞広告があることがあまりにも当たり前でした。強いて言うなら、新聞でも夕刊紙はちょっと変わった媒体だから、それを意識して広告を作ろうとは考えていましたけど。

佐々木   箭内くんは、谷山くんの後の世代だと思うけど、オーソドックスな新聞広告というのは作っていた?

箭内   作ったことありますよ。僕が博報堂に入社したのは谷山さんの6年後(1990年)ですが、やっぱり新聞広告をまずちゃんと作って、そこから雑誌やポスターに展開したり、それが動いてテレビCMになったりという作り方をしていましたね。メディア論みたいになっちゃうけど、僕、インクの臭いがするとか、こう両手で見開いて記事を読むといった新聞の身体性や、朝、みんなが同じ時間に同じ紙面を見るといった共時性がやっぱり大好きなんですよ。中学、高校と新聞配達をずっとやっていたんで。
  いきなり苦労話になっちゃうんですけど、中学のとき、最初は月給8000円で新聞配達をやっていたんです。毎朝、読売の配達のおじさんともよくすれ違っていたんですが、ある時、「月給、倍出す」と言われて読売新聞の販売所に移籍した(笑)。それから高校3年まで読売新聞の配達をしていました。
  新聞を配達するのは、すごく大変なんです。重いし、折込広告がいっぱいある日は販売所に途中で戻って積み直さなきゃいけない。実家は福島なんで、雪の日もあるし、雨の日もある。それで学校に何度遅刻したかわからない。それから、朝7時過ぎでも新聞が届かないと苦情の電話が販売所にいくんですよ。新聞は、インターネットみたいにどこかのオフィスビルでボタン一つ押せば全世界に届くものじゃないし、ポスターみたいにポポって貼れば1週間そのままというものでもない。人が毎日届けるものなんです。だから、そこに入っている広告もやっぱり熱いものであってほしいんですね。

谷山   確かに、最近の新聞広告には「熱」を感じるものが少ないよね。

箭内   その理由はいろいろだと思うけど、ある時期からテレビCMはインパクト中心、ポスターはドカーンとやって、面倒くさいことは新聞に任せるようになってきたというのが大きいと思いますね。

谷山   新聞というか、グラフィック広告全般に言えることだけど、確かにいつの間にかテレビCMで言えないことの処理係みたいになってしまったところはありますね。とにかくテレビCMはシンプルに、いろいろごちゃごちゃした面倒なことはとりあえず新聞や雑誌に詰め込んどけみたいな流れになってしまった。

箭内氏

箭内   「続きはウェブで」が出る前まではまさにそうでしたね。実は、僕もインターネットでニュースを見るようになってからしばらく新聞を取るのを止めていた時期があったんですけど、改めて新聞っておもしろいなと思って、3年ぐらい前からまた取り始めました。理由は、やっぱりインターネットに書いてないことが書いてあるからです。インターネットの情報って基本的に自分から選ぶというか、選択していくものじゃないですか。逆に、新聞には読みたくないものも載っている。広告も積極的には見たくないものの一つでしょうけど、やっぱり、読みたくないものが載ってないと新しい情報に触れられなくなってしまうんですね。最近のインターネットは、自分でカスタマイズできるようになっているから、ますます新しい情報との出会いがなくなっていると思うんです。

佐々木   最近カラオケもそうだよね。選曲の端末では歌手別でもジャンル別でもよく歌われる曲が上位に表示されるから、実は選択する範囲が限られている。昔の電話帳みたいな歌本だった頃とは違うよね。

箭内   確かに、50音の前半ばっかり歌っている気がする(笑)。

谷山   アマゾンで本を買うときも、いくらおすすめが出てこようが実は出会う本は限られていますね。リアルな本屋に行くと思ってもいない本に出会うんですけど、最近は、いろいろなところで“関係ないもの”と出会うって減っているんですよね。

佐々木   コンビニもそうだよね。人気のあるものばかり売っているから、日頃は十分幸せだと感じられるけれども、たまに変わったスーパーに行くと、知らない商品ばかりでびっくりすることがある。新聞広告も同じようなところがあって、「古いレコードをCDにできる」みたいな広告が目に入ったりすると「おっ!」と思ったりしますね。
  「“新聞ならでは”というところを評価する」という話に戻るけど、“新聞ならではの”というと、どうしても新聞広告はこうあるべきという理想論になったり、選考委員もデザインの美しい、見栄えの良い広告を評価しがちになる。でも、そうじゃないと思うんです。昔よく、フェアモントホテルの小さな広告が新聞に出てたけど、あれも立派な新聞広告だと思うんですよ。

フェアモントホテル「千鳥ヶ淵の桜が咲きはじめました。」

※文中言及のフェアモントホテルは2002年閉館。同様の広告を千代田区が2004年から2008年に掲載した。

箭内   春、桜の季節になると必ず出てくる「千鳥ヶ淵の桜が咲きはじめました。フェアモントホテル」というコピーだけのシンプルな広告ですよね。

佐々木   だから、「こんな新聞広告を出したらどうですか」というようなユニークなアイデアも評価する、そういう選考じゃないとダメだと思うんです。小さなスペースを使った広告の提案でもいいし、記事体裁の広告の応募があってもいい。

箭内   フェアモントホテルの広告もそうだけど、“日付メディア”である新聞の特性を活かしたタイムリーな広告は広告賞では評価されにくいんですよね。「読者が創る広告の部」の応募締め切りは今回3月になりますけど、「これは9月1日に掲載することを想定した新聞広告です」と言われても選考する側がそこまでの想像力を働かせづらかった側面がある。実際の掲載では効果が大きくても、評価されにくいというところでしたよね。

佐々木   最近カンヌでも広告の評価の仕方が変わってきたじゃないですか。どういういきさつで、どう使う広告かということまでをひっくるめて評価するようになっている。だから今回は僕らも、仮にそれがまったく新しい考え方の広告だとしたら、一言コメントを付けてもらって、それを評価するというようにしたいよね。

箭内   そういう新聞広告ならではのコミュニケーションも評価するというのが今回の一つのポイントですね。

佐々木   それから、新聞広告のクリエイティブコンテストでよく写真やイラストが素晴らしいから賞をあげましょうというのがあるけど、あれもおかしいと思うんですよ。いい写真が広告の力になるのはもちろんだけど、新聞というのはやっぱりジャーナリズムの媒体で、毎日配っている人がいて、そこに広告が入っているものなので、見栄えが良いから選ぶという選考の発想を変えないと、毎回同じことの繰り返しになってしまう。「うわっ汚いな、今回の読売広告大賞」と言われてもいいから(笑)、“新聞広告の底力”を実感できる作品を選んでいかなくちゃいけないと思うんですね。

良い新聞広告とは?

──では、どういう新聞広告が良い新聞広告なのでしょうか。みなさんには事前に過去の新聞広告の名作を挙げてもらっていましたが、としまえんの「史上最低の遊園地」は共通していましたね。

谷山   新聞広告の名作と言ったら、「史上最低の遊園地」は外せないと思いますね。

箭内   それから宮沢りえの写真集「Santa Fe(サンタフェ)」の新聞広告。

谷山   僕は「Santa Fe」は選んでなかったけど、もちろん名作です。

としまえん「史上最低の遊園地」

※「豊島園」1990年4月1日

佐々木   僕も、「史上最低の遊園地」と「Santa Fe」の二つは、新聞記事よりも新聞広告が大きな話題になったという意味で選びました。新聞広告が出た日の朝、どの局のテレビのワイドショーでも取り上げられた。

箭内   「Santa Fe」は、写真集が出たこと自体がニュースでしたよね。僕は1990年の4月1日に博報堂に入社しているんですけど、「史上最低の遊園地」は、その日に出た広告なんです。大貫卓也さんの作った広告ですが、この広告を作ったのが自分の会社だって、すごくうれしかったですね。

谷山   ちなみにこの頃、大貫さんは僕の隣に座っていて、事情をよく知っているんだけれど、このアイデアをとしまえんに3年、4年連続で持っていっていました。それで、やっと掲載になった広告なんですね。家族それぞれの台詞も効いているんですよね。アイデアレベルで言うと学生でも考えつくかもしれないんだけど、それを徹底的なディテールの追求をしてやっている、そこがすごいんですよ。

箭内   この広告の後、日本のエイプリルフールって終わっちゃったんじゃないんですか。

谷山   エイプリルフールにとどめを刺した広告とも言える。

箭内   もうエイプリルフールにみんな嘘つかないもんね、少なくとも広告では(笑)。

佐々木   僕は、としまえんの割と近くに住んでるんだけど、この広告をちょっと違う気持ちで見てました。1983年に東京ディズニーランドが浦安にできて、日本の遊園地は壊滅的な打撃を受けたんですが、第二の敗戦みたいな、そういう思いも当時あったと思うんです。それをこうやって一見横丁のオヤジ的な尖ったセンスで笑いにしている。これをテレビでガンガンやったら、広告として成り立たなかったと思うんですね。

谷山   そうですね。これ一回きりだから良いんですよね。

としまえん「プール冷えてます」

※「豊島園」1986年

佐々木   遊び心が許される遊園地で、しかも新聞広告だからこそ生きた広告だと思うんです。そういう意味で、これは“新聞ならでは”の代表例だと思いますね。別の言い方をすると、これは「よくこれでクライアントがOKしたね」という代表例でもあるわけで、広告賞でも「いいですよ、うちの優秀賞に選んでください」と言ってくれるクライアントがいれば成り立つ。新聞広告というとまじめ一辺倒にとらえられがちだけど、こういう遊び心があってもいいと思う。「史上最低の遊園地」は、そういう広告の一つのあり方を示していると思います。今ならネットと連動させたアイデアがあってもいいわけだし。
  それからもう一つ、としまえんには「プール冷えてます」の一連のシリーズがあって、これも新聞広告の名作だと思います。新聞では、ラテ(テレビ)面下の10段広告もありましたが、僕は人材募集欄に縦長の突き出し小枠広告で出た広告の方がいいと思っています。

谷山   これ正直言うと、ポスターのイメージがすごく強かったんですよ。新聞広告としても面白かったんですが、やはり、貼り紙だから西武線沿線の駅に貼り出すようなポスターというイメージがすごく強かったんです。これも大貫さんの作品ですが、制作しているのを隣の席で見ていて、正直言うと、単なるダジャレだし、これ本当に面白いのかなと思っていたんですね。でも、実際に駅に貼られたら、この引き算で作った抜けの良さがむちゃくちゃ目立った。世の中に出たときと作っている時というのはえらく違うなということを実感した広告でもあるんですね。

佐々木   フェアモントホテルの「桜が咲きはじめました」とか、飲み屋の「ビール冷えてます」の“貼り紙”に近い感覚だよね。新聞広告ならではとは言えないけど、小さい突き出し小枠広告で掲載されることによって、その“貼り紙”の感じが出ていたと思う。

箭内   僕も新聞は突き出し小枠広告の方がいいですね。貼り紙として、異物をここに貼り付けるという感じが出ていた。

谷山   こういう広告を見て思うのは、広告賞ではどうしてもビジュアルのほうが主体になってあんまりコピーを評価しないことですね。

箭内   選考の時間もあるし、選考の時、ボディーコピーをしっかり読んでいるの谷山さんだけだったりするじゃない(笑)。

佐々木   ボディーコピーはもちろん広告の大切な要素だけど、厳しいこと言うと、ボディーコピーを読まなければわからない広告というのは応募してくる時点でセンスがないと思うな。

宝島社「参議院選挙に行こう」

※「宝島社」2001年1月3日

谷山   そういう意味で言うと、宝島社の「参議院選挙に行こう」は、コピー主体だけど、しっかり読ませますね。

箭内   広告で「選挙に行こう」と言うのは宝島社の企業広告ぐらいしかない。宝島社がうまいのは、ときどき同意できない意見が主張されているところですよね。「俺はそうは思わない」みたいなのが何年かに1回ある。

谷山   それは昔から僕も思っていて、宝島社のメッセージは個人的には全面的に賛成するわけじゃないんですよね。

箭内   「おじいちゃんにも、セックスを。」も僕は嫌いだった。

谷山   僕は「生年月日を捨てましょう。」は個人的にはまったく同意できなかった。だいたい年を気にしているやつに限って「生年月日、俺言わねえ」みたいなのがいるよね。

箭内   だから、逆に広告として強いと言えるんだけど。

佐々木   広告の名作というと、だいたい90%ぐらいの人が良かったと思うものが選ばれるけど、宝島社の広告は賛否両論があるところがおもしろい。「国会議事堂は、解体。」も保守派は嫌だけど革新はいいとか、世論にかかわるメッセージだと、そういうことがどうしても出てくるよね。

箭内   でも、広告にとって、伝えたいメッセージがあるというのはすごく大事ですよね。メッセージがあるかないかというと、宝島社の広告のようなジャーナリズム性があるかないかという話になってしまいがちだけど、「何かがおいしい」ということでも、そのおいしさによって人が明日頑張れるということでもメッセージだと思う。そういう発想をしてくれる広告も、僕は見たいですね。

佐々木   例えば、いろんな企業の社長が全員集まって1人5分ずつ挨拶するとする。そのときに「バブルが弾けました」とか「3.11以降」とか、必ず枕詞で入れて新商品の紹介をするのが普通ですが、中にはすごく面白い話をする人がいる。実は、それをそのまんま企業広告にするのが本当はいいんですよね。商品の説明をするんじゃなくて、やっぱり会社の成り立ちとか、思いとか、いつも社員にこんなことを言ってますみたいなことの方が断然説得力がある。これは単純に企業のトップを出せばいいということではなくて、いい広告をやっている企業というのは、そういう方針が一貫していると言うか、フィロソフィーが自然とにじみ出てくるものなんですよね。


後編はこちら


<第29回読売広告大賞「読者が創る広告の部」概要はこちら>
※作品の募集開始は10月20日(土)からの予定。

佐々木 宏(Hiroshi Sasaki)

クリエイティブディレクター。1954年生まれ。慶應義塾大学卒業。77年電通入社。新聞雑誌局に6年。クリエーティブ局に転局して20年。コピーライター、クリエーティブディレクター職を経て、2003年7月、「シンガタ」を設立。「白戸家」など、SoftBankほぼ全キャンペーン、サントリー「宇宙人ジョーンズ」などBOSS、トヨタ自動車「ECO-PROJECT」「ReBORN」「ドラえもん」シリーズなど、JR東海「そうだ 京都、行こう。」などを手がける。TCCグランプリ、ACCグランプリ、ADCグランプリ、朝日広告賞、毎日広告デザイン賞最高賞、カンヌ国際広告フェスティバル金賞ほか多数受賞。

谷山雅計(Masakazu Taniyama)

コピーライター、クリエイティブディレクター。1961年大阪府生まれ。東京大学教養学部卒業。84年博報堂入社。97年谷山広告設立。現在まで一貫して広告コピーを書き続ける。理論派のコピーライターとして知られる。おもな仕事に、東京ガス「ガス・パッ・チョ!」、資生堂/TSUBAKI「日本の女性は、美しい。」、新潮文庫「Yonda?」、日本テレビ「日テレ営業中」、東洋水産「マルちゃん正麺」などがある。TCC賞、朝日広告賞、毎日広告賞、新聞協会広告賞など受賞多数。

箭内道彦(Michihiko Yanai)

クリエイティブディレクター。1964年福島県生まれ、東京藝術大学美術学部卒業。博報堂を経て、2003年「風とロック」を設立。05年からフリーペーパー『月刊 風とロック』を創刊。NHK『トップランナー』5代目MC。震災後、福島県人バンド"猪苗代湖ズ"としてチャリティーソングを配信するなど多方面で活躍。主な仕事に、タワーレコード「NO MUSIC, NO LIFE.」、リクルート「ゼクシィ」、東京メトロ「TOKYO HEART」、サントリー「ほろよい」など。