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インタビューキーパーソン

(Mon Oct 05 10:00:00 JST 2015 /2015年10・11月号 リーディング・トレンド)

今回のテーマ 「人口減社会での消費」
〜消費者の行間を読み、「オンリーワン・ファーストワンモデル」を〜

田中康夫 氏
作家   

田中康夫 氏

1980年、バブル経済前夜、高度消費社会を体現する日本の若者を描いて社会現象を巻き起こした『なんとなく、クリスタル』(もとクリ)(河出書房新社)。著者で作家の田中康夫氏は、巻末に出生率と高齢化率の将来予測値を記し、当時から現在の「人口減社会」の到来を見据えていた。2014年に刊行した続編となる『33年後のなんとなく、クリスタル』(いまクリ)では、高度消費社会の申し子である主人公たちの健在ぶりを描くとともに、これからの社会のあり方と消費の関係性も示唆している。田中康夫氏に改めて「人口減社会」での消費の見方を聞いた。

消費を動かすものは?

  マーケティング用語の基礎知識でもある「心理的財布」を、それぞれの消費者は持っています。個別の出費に関して「ここまでなら出せる金額」は異なります。必要性や趣味性に応じて。では、そうした制約の中で、年齢や性別、地域や職種、肩書や収入の多寡にかかわらず、納得して「心理的財布」を開いてもらうにはどうすればよいでしょうか。消費者一人ひとりがどんな「心理的財布」を持っているかを考えると同時に、「心理的財布」には、それぞれの時代における社会観、文明観、人間観も少なからず影響することに留意すべきです。

数字に換算できない価値とは?

  消費の行間を読み解くには、ナレッジマネジメントなる経営管理の「形式知」だけではたどりつけません。マトリックスやフローチャートに示された図表や数式では説明しきれぬ、けれども明らかに人間の選択と行動に影響を与える「暗黙知」が存在します。マイケル・ポランニーが創出した概念です。
  経済的新自由主義の信奉者は、社会や家族の人間関係や文化・伝統といった「市場で数値に換算出来ないモノ」など価値ゼロだと捉えがち。ですが、人々が感銘・感動し、結果として「心理的財布」を開くのは、家族・集落・地域といった「イデオロギー」とは無縁の体温が感じられる瞬間なのです。

今後、消費者はどう変わる?

  「これまでの延長線上に未来はない」。誰もが感じながらも、思うは易く、行うは難しな状況が続いています。『もとクリ』の註の最後に記した、衝撃的だった出生率と高齢化率の将来予測は、合計特殊出生率1.43、高齢化率26.7%の現在から振り返ると、はるかに楽観的な数値でした。
  私の生年の1956年の『経済白書』が「もはや『戦後』ではない」と掲げた真意は、戦後復興を終えて「高度成長」へ突入するバラ色宣言ではなく、「今や経済の回復による浮揚力はほぼ使い尽くされ、もはや『戦後』ではない」のだから、量の拡大から質の充実へと転換を促すものだったのです。超少子・超高齢社会ニッポンに生きる私たちは更に進んで、質の充実から質の深化へと踏み出すべきです。それがイールド=利益率の高さ。なのにいまだに、量の維持を声高に語る人がいます。

『33年後のなんとなく、クリスタル』 田中康夫著(河出書房新社)

消費の質の深化とは?

  『もとクリ』を世に問うた1980年は、高度消費社会の幕開けの時期でした。身体を守るために、空腹を満たすために。着たり食べたりする第一義の目的が容易に達成されるようになり、素敵なデザイン、好みの味付けといった第二義、第三義に重きを置く「スタイリング化」現象を描いた作品でもありました。
  欲しい物を欲しい時に欲しいだけ消費者が手に入れられる社会。その一方で最近は合併と買収の連続で供給側の寡占化が進み、選択の幅が狭められた配給のような空気も生まれています。

次の時代を読むには?

  嘗(かつ)ては日没時を「誰そ彼(たそがれ)」と記し、日出時は「彼は誰(かわたれ)」と呼びました。いずれの時間帯も、その先に立っているのが誰なのか、五感を駆使して手探りで見極めねばならない時間帯。「形式知」では日没と日出の時刻はデジタル表示されますが、その瞬間に暗転するわけではないのです。そうしてある時期までは、夕方も明け方も「彼は誰」と呼んでいたのです。ロールシャッハ・テストの騙し絵と同じですね。
  今回の『いまクリ』の主題でもあるのですが、フランスやイタリアと同規模の人口6000万人台でも持続可能な質の深化を目指してこそ、オンリーワン・ファーストワンのモノ作りで地歩を築いてきた超少子・超高齢社会ニッポンが21世紀の新しいロールモデルを世界に示していけるのです。実はベトナムの出生率も1.7台。タイは日本と同じ1.4台。「黄昏」に思える日本こそ、見方を変えれば最も「夜明け」に近いのです。

Yasuo Tanaka

1956年、東京生まれ。64年から75年まで長野県で過ごす。一橋大学在学中の1980年『なんとなく、クリスタル』で「文藝賞」受賞。1995年阪神・淡路大震災後、ボランティア活動に従事し、2000年から2006年まで長野県知事を務め、参議院議員、衆議院議員を歴任。小説に『33年後のなんとなく、クリスタル』『オン・ハッピネス』など。評論に『ファディッシュ考現学』。 http://www.nippon-dream.com/