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インタビューキーパーソン

(Tue May 28 12:00:00 JST 2013 /2013年6・7月号 ojo interview)

市耒 健太郎 氏
博報堂   クリエイティブディレクター 雑誌『広告』 編集長

市耒 健太郎 氏

理性と感性を融合させて“ストーリー”を語ろう

  「恋する芸術と科学」。博報堂が発行する雑誌『広告』の新しい編集長に30代で就任した際、掲げたテーマだ。「広告とマーケティングの土壌が現在、大きく変わっている。クリエイティブといわれているものを一回、解体しなければならない」と思っている。広告業界が持つ過去からの優れた資産と未来とがどうぶつかっていくのか。「壊す側に新しい人を呼び込み、新しい創造力を入れて新しいビジョンを出して新しいストーリーテリングをしようよ」と。
  美術大学への進学をいったんは断念して入学した大学のゼミで、知識創造、組織と個人のイノベーションを研究するうちに、「作り手を分析するのではなく、自分の手で実際に作りたい」との思いが募った。あきらめきれずにアメリカと日本の大学・大学院で美術を学んだ。企業経営と芸術の両分野を学んだ経験が現在の仕事で生きている。
  「コンサルタントは理性、芸術家は感性が優れている。社会に対してメッセージを投げる時、理性と感性を掛け合わせれば仕事として面白い」と思った。広告は「理性と感性をぶつけあうプロフェッショナル。理性と感性の両方を融合できる業界」として興味を持った。博報堂で国内外を問わず数多くの企業のブランディング業務を歴任し、企業の経営戦略と広告のかかわりを体現する。
  「テレビ、新聞、雑誌のあり方は10年後でも一変していると思う。一方で初恋をした時の気持ちや牛丼を食べたい気持ちは100年後もきっとあまり変わっていないのでは」という。広告の未来について「メディアの変化が激しいなかで、絶対に変わらない人間の気持ちを結ぶストーリーテリングが、僕の中での広告みたいなもの」と語る。初めて取り組む雑誌編集長として「視点を強く打ち出せば必ずそこに価値がある。実際に雑誌や本、新聞を読んでいる人が格好よくなる時代がくる」との決意を見せる。時代の変化と進化に挑戦する自身のストーリーテリングは続く。

地殻変動の広告クリエイティブ 経営と直結する流れに

――『広告』編集長初仕事の2012年8月号に米国・MITメディアラボ所長の伊藤穣一さんが登場しています。

  世界最高峰のメディアラボの所長、伊藤さんの野放図な知性とエネルギーを呼び込みたいと思いました。日本では文明、経済、人の生き方や自然とのかかわり、企業のあり方など多くの前提が揺らいでいます。その中で広告コミュニケーションの枠を飛び越えて、クリエイティブを再構築したいです。自然科学から芸術、音楽まで創造性にかかわる事象を横断し、芸術的思考と科学的思考が混じった状態での創造力を見たいと考えています。

雑誌『広告』の誌面より

――実際、クリエイティブの現場で、どのような変化を感じていますか。

  00年代に入ってから、クリエイティブの芯のようなものが地殻変動していると感じています。90年代初めまでの多くの企業が右肩上がりの成長を見込んだ時代には、企業やブランド、商品の差別化をどう図るかが命題でした。現在は自社のビジョンをしっかりさせたうえで、そこに求心力を作ることのできる企業が成功を収めるようになっています。その中でクリエイターの役割も変わり、企業の成長を描くストーリーテリングの部分に仕事の重心が移っています。

――回転寿司チェーンを展開する「あきんどスシロー」では、ブランディングなどの経営課題に基づいた戦略立案をされています。

  「スシロー」では、CMや新聞広告を作る仕事は全体業務の5パーセントほどで、店舗開発、PR、ウェブ、商品計画などブランドの安定成長にかかわるすべてを提案させていただく。統合しないとブランドはすぐにバラバラになりますから。「スシロー」は、「『うまいすしを、腹一杯』食べることができる唯一無二の価値を持っている。世界のファストフードにしよう」と。スタッフの教育ビデオの制作なども手がけています。

――クリエイターと企業の関係はどう変化するのでしょうか。

  経営にクリエイティブを掛け合わせる、という話をさせて頂いていますが、企業のCMをヒットさせることはすごく大事で価値があるけれども、それだけでは必要十分条件にならない。経営全体としてどういうストーリーを描けるかが重要です。現在は、クリエイターと経営領域が直接つながらなくてはクライアントの成長はない、という見方が出ています。目ざましく成長している企業には、経営陣に直接、話をして経営や社会の問題を提起し、挑戦するクリエイターの存在があります。経営陣は経営戦略とのかかわりで、データなど左脳的な発想が多いけれども、クリエイターは実際に人の気持ちになった時はどうか、社会的に魅力的なストーリーに映るのか、右脳的な機能としての仕事ができると思います。

文/正本恭子  写真/小原啓樹

市耒 健太郎(Kentaro Ichiki)

博報堂 クリエイティブディレクター。雑誌『広告』編集長。1998年入社後、担当するクライアントの経営課題に基づいたコンサルティングから、マーケティング戦略立案、テレビCM、ウェブ開発、企業メッセージ作成、店舗設計まで統合的にディレクション。国内外を問わず数多くのブランド改革業務を歴任。一橋大学卒業。カリフォルニア大学サンタクルーズ校(UCSC)芸術学部留学後、東京芸術大学大学院美術修士課程修了。2012年、アジア太平洋広告祭、カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル審査員日本代表。