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特集広告を「編集」する。

(Mon Dec 07 10:02:00 JST 2015/2015年12月・2016年1月号 特集)

BRUTUSにしかできない方法で広告課題を解決する
マガジンハウス   BRUTUS編集長   西田善太 氏

西田善太 氏

最近は専門部署も出版社によっては作られているが、雑誌の編集部が制作する広告のページが「編集タイアップ」だ。「BRUTUS」の編集長・西田善太氏によれば、編集タイアップは、30年以上前、平凡出版時代のマガジンハウスが始めたという説があるらしい。「BRUTUS」ならではの編集の考え方、編集タイアップの作法について聞いた。

──「BRUTUS」の創刊は、1980年ですね。

  今年35周年です。30周年の時は記念号を作ったのですが、正直、周年というのは自分たちの話であって、読者にはあまり関係がない。とはいえ、来年「POPEYE」が40周年になるので、そっちに集中したほうがいいと思っています。「POPEYE」は「BRUTUS」の弟雑誌ですけど、創刊は先です。その「POPEYE」を作っていた、今は名誉顧問ですけど、当時50歳だった木滑良久が大人の雑誌を作ろうということで初代編集長として作ったのが「BRUTUS」です。僕は10代目の編集長で、08年4月の号からやっています。

第812号(2015年11月1日売)

──これまで編集方針も変わってきたと思うのですが、「BRUTUS」はどういう雑誌と言ったらいいのでしょう。

  「少し先の興味の行き先を知っている」という言い方をよくしています。来年のトレンドはわからないし、何が売れるかもわからないけど、興味はこっちに向くだろう、自分の興味をこっちに向けたほうが面白いよということならば、言える。 
  「ポップカルチャーの総合誌」という言い方もよくします。サブカルとは今はあまり言わなくなりましたが、ニッチな趣味のサブカルと違って、ポップカルチャーは衣食住、旅、映画、本、音楽、何もかもが特集の対象になる。毎回違うテーマを特集するのですが、1回しか取り上げないけれど、一生忘れられない特集、というのを目指しています。専門誌が扱う題材をどれだけ違う切り方で見せられるか、というところにこだわっています。例えば、本の特集という意味では過去に何度もやっていますが、今回は伝記だったら、次回は推理小説、その次は「心が癒される本」にこだわったりと、同じ題材でも切り口を毎回変えているんです。

第808号(2015年9月1日売)

──「BRUTUS」の中心読者は、何歳ぐらいなのでしょうか。

  今は書店やコンビニのPOSシステムで毎号の読者年齢がわかるのですが、最近やったファッション特集の平均年齢は34歳でした。特集によって年齢は変わりますが、33、34歳くらいが平均だと思いますね。男女比も、特集によって8対2の時もあれば6対4の時もあります。
  例えば、今年9月1日売の「珍奇植物」は女性の比率が高かったですね。やはり、特集の内容によって男女比率も変わります。

半径50メートルが面白がっていること

──特集のテーマは、どういう視点で考えるのでしょうか。

  女性誌はかなり細かくカテゴライズされています。例えば、「子育て時期の働くママ」というカテゴリーの雑誌は、そこからターゲットとする層に何が起こっているかをリサーチして特集を考えることが多い。読者に寄り添ってかっちり作っていく。それが、正統派の雑誌の作り方です。しかし、そうやって大部数の雑誌を作ろうと思ったら、みんなに受け入れられる特集テーマを選ぶことになるわけだから、同時にある種の退屈さも引き受けなければならない。その作り方に、僕は〝大人の仕事”というイメージを持ちます。
  「BRUTUS」は「POPEYE」の兄貴分的な位置付けですが、特集の作り方は興味の赴くまま、子供のような無邪気さにしがみつきます。こういうジャンルは「BRUTUS」1冊ぐらいなら成り立つんだと思っています。

──具体的には、どんなふうに特集を発想するのですか。

  「BRUTUS」の特集は、「自分の半径50メートル以内が面白がっていることをいかに伝えるか」ということだと思っています。今は「これが最新」と言って雑誌が売れる時代ではなくなっています。「この街で起こっている最新のこと」と言っても、情報が多過ぎて何が最新なのかわからない。「これは、こう見るのが面白い」と、見方を提示するしかできない。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を劇場に5回、6回も観に行く人がいる。劇場での体験が面白い、ということをここまで皆がツイートするのは久しぶり。じゃあ映画特集で劇場の話を入れてみようか。調べてみると、27歳の女性が館長をやっている映画館が京都にある。取材に行ってみよう。そんなふうに自分の半径50メートル以内が“面白い”と思うものを探っていくわけです。

第658号(2009年3月1日売)

  もちろん、そうは言っても商売だから、「BRUTUS」らしい色を出す号というよりは売れ線を狙う号もあります。そういう号はある種の退屈さもあるわけで、いくら売れるからと言って猫の特集ばかりやるのはつらい。09年3月1日売で「猫である。」を大ヒットさせていますが、それ以来、猫には触っていません。誘惑はありますけど。

──編集者のセンスが今までとは違った意味で大事になってきている気がしますね。

  今って人によって面白いと思うことがあまりに個別的になり過ぎているから、逆にテーマを大きくつかまえたほうがいい時もあるし、個別の趣味を扱って売れる号もある。発売後の、この言葉はあまり好きじゃないですけど、“バズ”で売れることも多い。そのへんは予測がつかないというのが本音ですね。「BRUTUS」の発行は毎月1日と15日の隔週ですけど、ある大きな書店チェーンでバックナンバーを置くようにしたら20%売れ行きがアップしたのです。「BRUTUS」のような雑誌は、じっくり選ばれるように変わってきたのかもしれません。

──隔週発行だと、制作班は2チームぐらいあるのですか。

  班分けはしていません。僕と副編3人が1冊ずつ担当して、例えば4か月先の号をある人が中心になってやって、そこにもう1人、上か下に付く。付いた編集者はまた別の号を進めている、というやり方をしています。僕の大切な仕事はスタッフの組み合わせを考えることです。映画に詳しい副編と世界文学を読み込むスタッフの組み合わせとか、本を読まない2人であえて本の特集を作ってみるとか。14年12月15日売の「読書入門。」がそれですけど、うまくいきました。

「BRUTUS」の編集タイアップ

──編集タイアップの考え方は雑誌によって違うと思うのですが、「BRUTUS」の考え方を聞かせてください。

  「BRUTUS」の編集タイアップはすべて編集部制作です。そうしないと、「BRUTUS」では見たこともないようなデザインが流れの中に入ってしまいます。社内に企画制作という編集タイアップを作る専門部署がありますが、そこにはマガジンハウスの雑誌5誌で統一したブック・イン・ブックをやるような時にしか僕らは頼んでいません。
  編集タイアップとは、一般的に「その雑誌のテイストで記事広告を作ること」ですが、編集タイアップを始めたのは、平凡出版(83年までの社名)時代のマガジンハウスという説もあります。最近は外資系企業にも浸透してきましたが、欧米にはない広告形式です。
  「BRUTUS」にとっての編集タイアップは、編集部がクリエイティブエージェンシーとなって、僕らが持っているコンテンツや人脈、編集力を利用して、僕らしかできない方法で広告的な解決を目指すことだと思います。

第811号(2015年10月15日売)

──その「BRUTUS」の編集タイアップの例をいくつか紹介してもらえますか。

  編集タイアップであるかどうかを明示するしないには様々な立場がありますが、「BRUTUS」の編集タイアップは「広告」の表示はしていません。例えば、今年10月15日売のハワイ特集では、ブック・イン・ブックとして「GOLF IN HAWAII ハワイでゴルフ入門。」が綴じ込まれていますが、これはゴルフウェアのパーリーゲイツとの編集タイアップです。ハワイのゴルフ場やその歴史も押さえつつ、パーリーゲイツのデザイナーも出ているし、ほとんどの登場人物はパーリーゲイツを着ている。ブック・イン・ブックは内容がその中で完結するので、編集タイアップには使いやすい形式です。
  08年8月1日売の「心を鎮める旅、本、音楽。」特集は、特集全体をカナダドライとタイアップしています。表紙の富士山からぴょんっと飛び出している「CHILL OUT」という言葉は、もともとクラブカルチャーから生まれたもので、踊り明かしたあとに静かな音楽やノンアルコールのドリンクで「落ち着く」「リラックスする」という意味です。特集ではCHILL OUTな旅、本、音楽を集め、「CHILL OUT BIBLE」と名付けたブック・イン・ブックを16ページ、特集のセンターに挟み込みました。このブック・イン・ブックは「チルアウトって何?」から始まる音楽カルチャーの読み解き本ですが、各ページにカナダドライのドリンクのページ3分の1広告がつきます。大人のためのゆったりとした贅沢な時間とともにカナダドライを飲んでもらう、というキャンペーンの一環として、「CHILL OUT」という世界観を広める企画を作ったわけです。この号は完売しました。編集タイアップとしては理想的なカタチだと思います。

第645号(2008年8月1日売)

「BRUTUS」の編集者と作りたいか

──理想的な編集タイアップとは、どういうものでしょう。

  クライアントも読者も喜んでくれて、僕らも良い特集が作れるのが理想ですよね。クライアントと、ここは譲れない、ここは譲るというやり取りをして、より良いものにしていく。譲れないというのは、例えば、「本編特集に自分の会社以外の商品を出すな」と言われたら、それは絶対にできない。それならこういう見せ方があるのではないですかと、代替案を示して妥協点を探っていく。
  やはり、「BRUTUS」が好きであったり、「BRUTUS」の癖を理解してくれていないともの別れになることももちろんあり得ます。無理難題もありますが、間に入る広告会社が優秀だと上手くいきますね。

──逆に純広告については、どう思っていますか。

  僕らを基本的に支えてくれているのはラグジュアリーブランドの広告です。年2回のファッション号だけでなく、普段でもファッション広告が入っています。それはなぜかというと、思ってもみなかった切り口でカルチャーを見せるという僕らのやり方を評価してくれているからだと思っています。モノを売るための広告も大事だけれど、イメージを一緒に作っていけるメディアも大事だということを理解してもらっている。そういう広告のお返しの意味も含めて、タイアップではなく、普通の記事としてファッションを紹介することは当然あるわけです。

──編集タイアップは雑誌が最も歴史もあり、テクニックも進んでいると思うのですか。

  ネットでネイティブアドが叩かれるのはそれが「ステマ」になっている場合ですよね。記事のふりをして、その商品やサービスが優れていると“著しく”誇張する。でも、特集や企画の立て方で、クライアントも読者も喜んでくれるようなコンテンツを作ることは可能なんです。

──それは作り方次第だと。

  編集タイアップは、ストーリーがある雑誌の中で発達してきたと思うのです。「雑誌というのは読者と僕ら編集者が開いているパーティーだ」と云う人がいます。そのパーティーの中では、ある程度失言も許される。みんなをビックリさせた後、「なんちゃって」というのもパーティーだったらできる。そのワッと驚かす部分だけが切り取られてネットに流されると炎上するわけです。前後の文脈を抜きにして批評されたりするのは作り甲斐がないなとすごく思う。
  そういう意味で、編集タイアップを依頼するときは、僕らの特集の作り方や、トーン&マナーを理解してもらいたい。その上で、「BRUTUS」の編集者と組んでみたい、会ってみたいと思ってくれたら、すごくうれしいですね。

「BRUTUS」らしい特集とは

第810号(2015年10月1日売)

──その「BRUTUS」らしさがわかる、これまでの特集を挙げてもらえますか。

  今年10月1日売の「世界に挑戦できる日本ワインを探せ!」は、「BRUTUS」だからできた特集だと思います。実は、98年にフランス、イタリア、チリと3号連続でワイン特集をやりました。それより前のワイン特集では一流のソムリエは取材に応じてくれなかった。「このワインの横にこのワインを紹介するような雑誌の取材は受けない」と、散々なことを言われていたのです。それに奮起して、ワインのことを専門家より面白く書ける人材を育てていった。それが実ったのが3号連続のワイン特集です。この特集がきっかけで、日本の和食の店や寿司屋に普通にワインが置かれるようになったと自負しています。それから10数年たって、日本のワインも世界の権威がワイナリーを訪ねるくらいにまで育ってきました。それで今回は世界に挑戦できる「日本のワインを探せ!」特集にしたのです。50本のワインから日本代表を選び、パオロ・バッソという世界最優秀ソムリエにテイスティングしてもらったのです。
  それから今年7月1日売「松本隆」特集は、松本さんの45周年記念がきっかけで作った特集です。松本さん個人の特集に見えますが、表紙に「心にいつまでも響く、美しい日本語の歌。」とあるように、実は言葉の特集です。2009年にも、良い言葉を集めた「美しい言葉」という特集を作っていますが、それから数年たち、今回は、言葉の特集の上に、松本隆の歌詞にまつわる人々、歌謡曲、ポップの歴史などを何層にも重ねた複雑な作りにしています。言葉がネット上に氾濫し、良い言葉が簡単に消費されてしまう時代に言葉の特集を売るための工夫です。

第804号(2015年7月1日売)

──そういうネット時代に新聞や雑誌はどうあるべきだと思いますか。

  黒磯は那須高原の別荘への玄関口として栄えた文化ある街です。ところが新幹線が那須塩原に停まるようになり、人が減ってしまった。那須塩原には近代的なビルが建ち、東京からの高速バスもある。新聞や雑誌が置かれた状況は黒磯に似ています。しかし、人々に那須高原から「戻ってこい」というのは傲慢だと思うのです。僕らができることは、黒磯の本社をキープしつつ、同時に那須塩原に支社を作ることです。最近の黒磯には、那須塩原にカフェを作る人が必ず会いに行くSHOZOさんという人がやっているカフェが3軒あり、恵比寿の「アンティークス タミゼ」というショップが週2日お店を開いたり、たまらなく美味しいパン屋も2軒できたり、だんだん面白くなっている。新聞や雑誌は、そういう魅力的な店として黒磯に生き残るべきだと思うのですね。しかし、稼ぎは支社(=デジタル)にシフトしていく。それが理想だと思います。

Zenta Nishida

1963年札幌市生まれ。早稲田大学商学部卒業。博報堂のコピーライターを経て、1991年マガジンハウス入社。所属はBRUTUS編集部、その後、Casa BRUTUS副編集長を経て、2007年3月からBRUTUS副編集長、2007年12月からBRUTUS編集長を務める。